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松本協立病院

社会医療法人 中信勤労者医療協会 松本協立病院
〒390-8505 長野県松本市巾上9-26
(松本駅アルプス口から徒歩1分)

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MICS(人工心肺を使わない、胸骨を切開しない低侵襲心臓手術)CARDIOVASCULAR

低侵襲心臓手術(MICS:Minimally Invasive Cardiac Surgery)について

MICSの定義は人工心肺を使わない、もしくは胸骨正中切開を行わないとされており、当院でも冠動脈バイパス術では人工心肺を使用しないOPCABを第一選択としています。弁膜症手術につきましても、可能な方には胸骨を切開せずに小切開で手術を行っております。

小さな傷で内視鏡を使用した心臓の手術を2012年9月から行っております。2024年1月現在、傷は2-4cmまで小さくなりました。

術後のQOLを考慮した心臓弁膜症手術として

心臓の手術といえば、一昔前までは生きるか死ぬかの大変な手術でした。多くの経験と人工心肺や心筋保護といった技術の進歩に伴い、現在では状態の悪い方や、緊急の手術を除けば、手術の成績は数%のリスクまで改善されてきました。手術成績は満足しうる段階に達し、手術成績や合併症にてついて議論する時代から、いかに患者さんのQOLを向上させるかを議論する時代に移ってきました。現在は消化器外科をはじめとして、ほとんどの外科領域で内視鏡を使用し、小さな傷で術後の回復が早い手術が行われているようになり、当院でも2012年より心臓弁膜症を中心に内視鏡補助による小さな傷で行う手術を開始しております。

従来、心臓の手術となると一般的に胸の真ん中にある胸骨という3-4cmの板状の骨を上から下まで20-30cmほど切開して、胸を大きく広げて心臓の手術を行ってきました(図1a)。このアプローチ方法は心臓から大動脈に至るまで良好な視野が確保できるため、あらゆる手術に対応可能でゴールデンスタンダードなアプローチであることは現在でも変わりません(図1b)。しかしながら、このアプローチは重篤な合併症の一つである胸骨の感染を起こす可能性があります。

  • 胸骨正中切開

    図1a:胸骨正中切開

  • 胸骨正中切開
  • 正中切開による術野

    図1b:正中切開による術野

ひとたび胸骨の感染を発症すると完治するまでに最低でも数か月の入院が必要となり、場合によっては命に係わることも少なくありません。また、胸骨がしっかりと癒合するまでの2か月間は車の運転を含めた運動制限があり(イラスト1,2)、多くの患者さんが2か月の間のうちに体力が低下し、結局、日常生活に戻るのに数か月-半年かかることもあります。女性の方などは胸に大きな傷が残ることで、洋服に気を使われたり(イラスト3)、気軽に温泉に行けなくなったということもあります。

私たちの行っている右小開胸の手術では内視鏡や特殊な道具を使用することにより、腋の下もしくは乳房の下を2-4cm切開して肋骨の隙間より心臓の手術を行います(図2a,b)。骨を大きく切開することもなく、小さな傷ですので、これまでのような退院後からの運転や力仕事、運動といった制限はなく、早期に日常生活に戻ることが可能です。傷も腕を挙げたりしない限りは目立たず、美容面も含め、患者さんの満足度は非常に高い手術です(図3)。

  • 肋骨のすき間から手術

    図2a:肋骨のすき間から手術

  • 右小開胸
3D内視鏡を用いた完全内視鏡下の手術、3D眼鏡をかけてモニター画面を見て手術を行います。

図2b:3D内視鏡を用いた完全内視鏡下の手術、3D眼鏡をかけてモニター画面を見て手術を行います。

乳房下縁切開による僧帽弁形成術

図3:(上)3D内視鏡による僧帽弁形成術は3cmの傷から行います。1cmの穴から内視鏡を挿入
(下)女性の場合は乳房の膨らむラインに合わせて切開するため、術後の傷はほとんど目立ちません。

実際に当院でこの手術を受けられた方々で、趣味のゴルフやスキー、水泳、温泉など(イラスト4)、退院後の早い時期から楽しまれ、退院後の生活を満喫されている方が増えています。

趣味のゴルフやスキー、水泳、温泉

もちろん、すべての方に可能な術式ではありません。動脈の石灰化が強い方や、いくつもの手術を同時に行わなければいけない方は適応外としていますが、基本的に大動脈弁、僧帽弁、三尖弁を含め、心房細動に対するMAZE手術(図4)、心房中隔欠損症(図5)や心臓粘液腫の手術で可能です。特に大動脈弁(図6)については、これまで腋の下からの手術は不可能と考えられてきた術式で、現在、使える施設は限られています。

3D内視鏡下では、僧帽弁形成術+三尖弁形成術+MAZEの同時手術も可能

図4:3D内視鏡下では、僧帽弁形成術+三尖弁形成術+MAZEの同時手術も可能

ASD単独の手術では2cmの傷から手術を行っています

図5:ASD単独の手術では2cmの傷から手術を行っています。

大動脈弁狭窄症に対して3D内視鏡下の大動脈弁置換術

図6:大動脈弁狭窄症に対して3D内視鏡下の大動脈弁置換術

2023年までの12年間で219名の方が小切開での心臓手術を受けられ、患者さまの満足度が非常に高いことを実感しております。今後も術後のQOLを考えた、患者さんに喜んでもらえる手術を続けていいきたいと考えています。

MICS手術と3D4K内視鏡の利点

当院でのMICS手術が安定して行われている理由は、豊富な経験と3D4K内視鏡を使用した確実な手技にあると考えています。当院では、2012年からMICS手術を開始し、10年以上にわたり多くの経験と試行錯誤を重ね、現在では正中切開手術と同等の安全性の手術となっています。

また、この間に内視鏡が2Dから3D、ハイビジョンから4Kに進化したことも大きな変化でした。2D内視鏡を使用していた時代は、奥行きがわからず、針をかける際に深さがわからず、毎回、針を当てて距離を確認し、脳内で修正しながら手術を行う必要があったため、慣れるまで大変でした。しかし、3D内視鏡が導入されたことで、手術中に自分の目で見ているような視野が得られるようになり、目標の深さに針を持って行くことが容易になりました。さらに、4Kになったことで、人間の目でみるよりも組織の境界線などがより明確に確認できるようになり、術時間も短縮され、傷も徐々に小さくすることができました。

当院で培った技術は、MICS以外の手術にも応用され、手術の成績や安全性にメリットをもたらしています。MICS手術は傷が小さくなる分、トラブルが起きたときに気が付きにくいことや、一度トラブルを起こしてしまうと修復に時間がかかる点があります。そのため、トラブルを起こさないように手技を安全に行うことはもちろんのことですが、見えない部位を補うために、術前の画像をしっかりと分析して、手術中も超音波やレントゲン、各種のセンサーを用いて、スタッフも含めた多数の目で監視しながら、トラブルを起こす前に発見できるようにしています。

麻酔科医としてMICS手術において心がけている点

麻酔科医として、MICSなどの低侵襲手術において心がけている点の1つ目は、傷を小さくできる分視野が狭くなり、直接見える部分が小さくなるため、右側の肺を換気せずに手術を行う「分離肺換気」を行い、手術野の視野を確保することや、経食道エコーなどのモニターを駆使して、人工心肺を確立するためのデバイスが正常な位置にあることを、心臓外科医に正確に伝えることです。麻酔科医は、いわゆる心臓外科医の「三つ目の目」として、役割を果たせればと考えています。

また、2つ目のポイントは、他の科の手術でも同様ですが、傷の小さい手術は一度不測の事態が起きると、そこからリカバーするまで時間がかかるため、その時の循環・呼吸管理をしっかり行い、患者さんの術後の合併症を最小限にすることです。これには、常に手術野を観察し、起こりうる事態を予測して、麻酔をする必要があります。

3つ目のポイントは、手術中は同じ体位で行うため、神経障害が起こらないかなどを、看護師と協力して観察していることです。例えば、寝返りを打たずに寝ていると、腰や肩が痛くなることがありますので、そのような症状がでないように常に確認しています。

4つ目のポイントは、MICSは骨折や癌などとは異なり、健康診断で指摘されて、自覚症状があまりないにも関わらず手術を受けに来る患者さんもいらっしゃるため、合併症がないように、安全を最優先に考慮しています。

このように、麻酔は手術で治療することはできませんが、安全に周術期を過ごしていただけるように心がけています。麻酔科医は、野球で例えるとキャッチャー的な存在であり、手術中も、看護師や臨床工学技士たちの意見を取り入れ、必要に応じて心臓血管外科医に伝える役割も担っています。

麻酔科医は、地味な存在かもしれませんが、やりがいとしては、患者さんが予定通り合併症なく退院され、笑顔が見られることです。

手術室看護師としてMICS手術において心がけている点

注意すべき点はどの手術にも共通して言えることですが、手術中は長時間同じ姿勢をとり続けるため、神経障害や褥瘡のリスクがあります。MICS手術では、右脇の下辺りにメスを入れて行うため、左半側臥位という少し左側に傾いた姿勢をとることになります。この姿勢の場合、手や腕の運動・感覚を司る腕神経叢・橈骨神経・尺骨神経や、足の運動・感覚を司る総腓骨神経が障害されやすく、褥瘡は仙骨部というお尻の少し上辺りや踵にできやすくなります。それらが起こってしまうと、患者様の術後に悪影響を及ぼしてしまうため、手術室看護師は医師と連携し、安全かつ安楽な体位の工夫を行っています。絵入りのマニュアルも作成し、全員が同じポイントに気をつけ適切な体位がとれるようにしています。また、MICSのメリットを最大限生かせるよう、先を見据えた動きを心がけ、医師を含めた他職種との連携も大事にしています。

MICS手術はメリットが多くある手術ですが、デメリットが上回ってしまわないよう、日々業務に取り組んでいます。患者様の安全を最優先に考え、手術室スタッフ全員が協力して手術を行っています。

臨床工学技士としてMICS手術において心がけている点

私たち臨床工学技士は医療機器の使用から保守・点検まで、医療機器のスペシャリストとして従事しています。

心臓手術においては、心臓の動きを止めて治療を行うために人工心肺装置というポンプのような機械を使用し、心臓の代わりに血液を全身に送ります。この人工心肺装置の操作や生命維持管理を行っているのが、私たち臨床工学技士です。

一般的な開心術では、心臓から出ている大動脈という大きな血管に管を挿入し、血液を送りますが、MICS手術では傷を小さくするために足の付け根から管を挿入します。足の血管は細いため、血流が妨げられないように管の大きさに注意を払う必要があります。そのため、術前の検査結果をもとに、心臓血管外科医・麻酔科医と相談し、物品の準備や手順の確認を行って安全に手術を進められるように心がけています。手術中は、様々な数値をモニタリングしながら、執刀医が治療に専念できるよう、阿吽の呼吸で人工心肺装置を操作し、麻酔科医や看護師と協力して安全な手術をサポートしています。

臨床工学技士は、患者さんに直接関わることはあまりありませんが、様々な医療機器を通じて、安心安全な治療が提供できるよう、日々努めています。

高度治療室(HCU)で術後管理について心がけている点

MICS手術は傷口が小さく、出血量も少ないため、回復が早く、早期退院が可能です。傷が正中切開に比べ目立たず、患者からも傷の小ささに驚かれることがあります。正中切開で行われる手術では、胸骨を切るため、手術後3か月程度は体をひねる運動や車の運転に注意が必要ですが、MICSでは肋骨の間を切開するため、運動制限が少なくなります。

MICS手術後に気を付けている点として、開心術(正中切開)と同様に、心臓の手術を受けたことが変わらないため、循環管理や痰がつまらないような呼吸管理、疼痛管理に十分注意しています。

MICS手術後のリハビリテーションにおいて心がけている点

MICS手術後のリハビリは、術後翌日から開始します。早期離床(術後できるだけ早く動いて生活機能を回復する)は、開心術(正中切開)と同様ですが、MICS手術では侵襲の低さから、より早い回復が期待できます。

MICS手術におけるリハビリのポイントとしては、以下のようなことが挙げられます。

① 術後早期から活動を増やし、廃用性障害(臥床による身体機能低下)を最小限にすること

② 術後の無気肺(肺がつぶれてしまうこと)や肺炎などの合併症を予防・改善すること

③ 術後の痛みや末梢神経障害の観察を行い、スムーズな回復を促すこと

④ 開心術(正中切開)時と異なり、術後の活動制限が不要なため、復職や家での活動にすぐに復帰できるよう、体力の回復に努めること

心臓の病気は、動いた時の息切れなど、加齢による体力低下のように感じることがあります。そのような場合、手術の前から徐々に体力が落ちている方もいらっしゃり、手術で心臓の機能が回復した方でも体力の回復に時間を要する場合があります。

当院では、外来での心臓リハビリや、高齢者など在宅でリハビリが必要な方への訪問リハビリも提供しているため、退院後もシームレスなリハビリが可能です。入院中は、早く起きて、早く動いて、早く退院できるように。退院後も、しっかりと体力を回復することで、より良い生活を送れるよう支援しています。

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